【0133】ホウタン的日本酒入門(後) 4 of 4
–前回までのあらすじ–
日本酒の味わい方の目安として3つの四象限があり、どう感じるかという定性的・主観的な問いに対して、数値化してプロットするアプローチは解りやすい一方で、ある日に飲んで好きだと感じたお酒が濃醇旨口に分類される物だとして、同じく濃醇旨口に分類されるお酒を別の日に飲んで好きだと感じるか、というと好きだと感じるときもあれば、そうでないときもある はずです。
このテーマを書くために情報収集をしているなかで、次のようなエピソードに出会いました。
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また、甘いから美味しいのか、辛いと美味しく感じるのかというのは、体調によっても変わります。
上野の地酒屋さんの実話に、こんな有名な話があります。
ある辛口の酒を3日と空けずに指名買いしていた、見るからに精力的なモーレツサラリーマンがいました。
その日、いつものようにいつもの酒を買おうとすると、そこの店主が別の酒を薦めたそうです。
「そんなの要らない。いつもの酒をくれ。在庫が切れているのか?それとも、どうしても別の酒を売らなくてはならない事情があるのか?」
そう聞いても、地酒屋の店主は「今日はどうしてもコッチの酒を売る」と言って頑固です。
そのモーレツサラリーマンも納得はいきませんでしたが、仕方なく店主の薦める酒を買って帰り飲んだところ、これがトッテモ美味しく感じる。
チョット深酒したものの翌日も爽快で、元気に地酒屋さんに電話して、「オヤジさん、昨日薦めてくれた酒は本当に美味しかった。 今度からはアレにするよ。」と言ったところ、地酒屋の店主は、「イヤ、今度き たときは元の酒を買ってもらう。昨日の酒は売らない。」と答えたそうです。
頭にきたモーレツサラリーマンが文句を言おうとすると、地酒屋の店主が言葉を続けました。
「昨日のあなたは、いかにも疲れていらっしゃった。いつもの覇気が無かった。人間、疲れているときは甘めのお酒が美味しく感じられるものです。だから、昨日のあなたには、痛飲するのではなく、疲れを癒すタイプのお酒を飲んで欲しかったのです。こうしてワザワザお電話をしていただけるほど元気になられたのなら、いつもの酒をグイグイ召し上がって明日への活力を蓄えられる、そんなあなたに早く戻ってください。」
そう答えたそうです。
いい話だと思いませんか。
<地酒解体新書「何でだろう?甘・辛の理由 第二弾!」http://www.kuramotokai.com/omosiro/zemi017>
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この話自体はフィクションかノンフィクションか定かでないにしても、経験上こういうことはあります。((日野)の経験上ある「こういうこと」というのは、酒屋さんにどうこう言われてという話ではなく、疲れているときはいつもとちがう種類のお酒をおいしく感じるということ)
これはお酒に限らず、工業製品であるポテトチップス的お菓子のような同じ物を食しても、その時その場面によって、感じ方がちがうことがあります。
体調もあれば時間帯やひとりなのか誰かといっしょなのかによっても感じ方は変わってきます。
その“おなじ物”が科学的に全く同一の物であったとしても、口に入れる我々人間のほうが日により時により異なる以上、感じ方が異なるのが当然です。
上の引用然り、通常は辛口の酒を流し込むような飲み方をしているとしても、疲れが立て込むと受け付けなくなるときがあります。そういうときにいつもと異なる甘口(=辛口でない)酒に出会うと、飲み口が合うことに驚きます。
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昨今では、科学的な分析技術が発達したこともあり、唎き酒を軽んじるようになってきているが、この風潮を私は危惧している。酒は嗜好品であり、あくまで飲み物なのだから、そのつくりにしても、出来上がった酒質の判定にしても、官能を優先させるべきであり、科学的な分析結果は、数値の上ではそうだったということを示す参考資料になるに過ぎない。いくら数値が立派でも酒が美味いとは限らない。そうでないことも往々にしてあるのだ。
上原浩『純米酒を極める』p204
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では、官能というのは体系付けられないものか、感じ方を体系的に整理できないのか、というと、つぎのような順序があります。
縦に時間軸に沿った感じ方の順序で、その右の列は、それぞれの感じ方に対する言い回しの例です。
マイナビ『日本酒の図鑑』p189の図 および 石川雄章『なぜ灘の酒は「男酒」、伏見の酒は「女酒」といわれるのか』p198-205の表を基に(日野)が作成
頭の整理にはよいので、このような図を挙げながらも、これがすべてではなく、これに従えばよいというものでもないと思います。あくまで参考です。
あくまで参考ですが、こういうことを意識しながら食してみると、あるとき フッ と気がついて、食の感じ方が変わる瞬間があります。
これは唎酒に限らず、食べること全般に言えることです。
- 見た目(形・切り口、色合い)、
- アロマ(食べる前の立ち香)、
- 食感(口に入れて舌ざわり・噛んで歯ざわり)、
- 味わい・五味(甘・酸・塩・苦・旨)、
- フレーバー(飲み下した後に鼻に抜ける香り)、
- 余韻。
このなかで特に、アロマとフレーバーを意識すると味わい方が変わってきます。
味覚は意識的に鍛えることができるものです。
ぜひお試しください
–いったん完–