【0204】速読の技法(佐藤優『読書の技法』より) を読む 5 of 5
速読の技法の最後に、次の引用箇所をもう少し見てみましょう。
“
次に熟読法・速読法を通じて最も難しい「普通の速読」の技法について(…)
「時間は有限であり希少財である」という大原則を忘れてはいけない。速読はあくまで熟読する本を精査するための手段にすぎず、熟読できる本の数が限られるからこそ必要となるものだ。速読が熟読よりも効果を挙げることは絶対にない。
<佐藤優 『読書の技法』p88>“
この箇所はとても印象的です。
まず、3つめの下線部”速読が熟読よりも効果を挙げることは絶対にない”
という断言に留飲が下がります。
(日野)がもともと「速読」という言葉に感じていた胡散臭い(楽に効果を挙げられるかのような)印象を追い払ってくれます。
次に、この箇所で考えさせられることは、
1つめの下線部“最も難しい「普通の速読」”
と2つめの下線部“速読はあくまで熟読する本を精査するための手段”
のところです。
割り切って「超速読」による仕分けを身に付ける方がよいかもしれない
ということを考えさせられる。
実際、(日野)は「普通の速読」ができているとは、言えません。
一方で、「普通の速読」をできるようにする必要があるか否かは、要検討です。
「熟読」と「超速読」と「普通の速読」があるなら3つともできることが最良です。
できるならそれに越したことはない。
ただし、
先の引用箇所で ひとつめの下線とふたつめの下線の間にある“「時間は有限であり希少財である」という大原則”
も大切です。
読書に使える時間は有限であり、
読書の技法を身に付けるために使える時間も有言であります。
むずかしい技法、「普通の速読」を身に付けるための時間を使って、
比較的やさしい技法である「超速読」と「熟読」を駆使して必要な本と向き合っていくほうが、有限である時間の使い方としてより良いのではないかと思います。
現時点で(日野)は、その判断のとおり、「超速読」と「熟読」を優先して使っています。
「普通の速読」は今回のテーマで書くために、どんな技法だったかを、思い出したくらいの位置づけです。
–完–