【0099】「法務担当者はスタッフであるから」というときのスタッフ(後) 2 of 3
–前回までのあらすじ–
テキストは、学部生向けのテキストと資格試験向けのテキストがあって、性格がまったく違い、どちらがよりよいか、ということではなく補い合う性質の物だという話でしたが、視点を変えて辞書はどうか、経営学の分野で辞書を見るとなると、まず「経営学」+「辞典」という名称の書籍から「××学辞典」を見てみると、想像以上に回りくどい。専門家のための専門的な辞書は専門家にしか解らない物であって、素人には使いこなせない物になっています。そういう専門的な辞書をチラ見しながら、それを使いこなせる日を夢見つつ、横に置いておいておきましょう。
実際に言葉を調べるとっかかりとしては、国語辞典がよいです。
専門的用語を一般的な国語辞典で調べてみるとどうなるか
試しに手許にある国語辞典で順に「スタッフ」を引いてると、こう書かれています。
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- 一つの仕事を大勢で行うときの全担当者。「編集–」
- 企業で、企画・調査など参謀的な役割をはたす部門。↔ライン
- 映画・放送などで、出演者以外の制作者。
<松村明 他 『旺文社国語辞典 第十版』>
“
(日野)は『旺国』が好きで、国語辞典ではいつも最初に旺国を引いています。
ここでは②に書かれている意味が、いままでテキストで見てきた「スタッフ」と同じです。
ちなみに①は、雰囲気はわかりますが、「一つの仕事を大勢で行うときの全担当者」という日本語が読解できません。『旺国』が好きだといって好きでも解らんものは解らんのです。
つづいて『岩国』だとどうでしょうか
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- 一つの仕事のため、それぞれの部門を担当している者。その顔ぶれ。陣容。また、部員。「編集–」
- 企画・調査など、経営の中枢部門。↔ライン。
- 映画・演劇・放送などで、俳優や歌手以外の制作陣。
<西尾実 他 『岩波国語辞典 第6版』>
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『旺国』と同じ意味です。①②③と順番まで同じです。
しかし言い回しが違います。
『三国』を見てみましょう
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- 企画・調査など、「ライン⑤」に対して助言をおこなう部門。(↔ライン)
- 陣容。「学界の最高–」
- 部員。部下。
- 俳優以外の係。制作陣
<見坊豪紀 他 『三省堂国語辞典 第六版』>
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順序は異なりますが、意味は似たようなものです。言いまわしは『旺国』とも『岩国』ともちがいます。
ここまで3つ、小型辞典である『旺国』『岩国』『三国』を見てきましたが、中型辞典である『広辞苑』『大辞林』で見るとどうなるでしょうか。
先に『広辞苑』ではこうです
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- それぞれの部署を受け持つ職員。部員。陣容。顔ぶれ。「編集–」「教授–」
- 映画・演劇・放送などで、出演者以外の制作関係者。
- スタッフ部門の略。【–部門】調査・分析・企画などの間接業務を専門に分担し、ライン部門に対して助言・支援する機能を果す部門。↔ライン部門
<新村出 他 『広辞苑 第5版』>
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続いて『大辞林』
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- ある仕事について、それぞれの部門を担当している人々。また、その人々の陣容。顔ぶれ。「編集–」
- 劇・演劇などで、出演者を除いて、制作に携わる人々。
- 企業組織で、製作・販売に直接携わらず、その企画・助言・補佐を行う間接部門。↔ライン
<松村明 他 『大辞林 第二版』>
“
中型になっても、意味は変わりないですね。
意味は変わりはないですが、言い回しは違いがあって、「間接業務」「助言・支援する機能」「(直接携わらず)間接部門」などの言葉がでてきました。
さて、ここまで5つの国語辞典を挙げてきました。
他に2つ3つ見てみましたが、「スタッフ」については似たようなことが書かれています。
このようにそれぞれ似通った意味を言っていますが、専門的な「××学辞典」や学部生向けのテキストと比べると、国語辞典はより端的な表現が成されています。
ここで端的な表現というのは、まずは単純に文字数が少ないということです。
国語辞典というのは、サイズが概ね決まっていて、それによってページ数が決まります。
その量的な制約のなかで質(たくさんの言葉が載っていること等)が求められます。
量的な制約のなかで質を高めなければならないという性質上、少ない文字数で、その言葉の本質を現さなければならないことになります。
限られたページ数というのは、具体的には、
国語辞典はテキストに比べて1語に使えるページ数が10分の1しかありません。
(正確なものでなくざっくり規模感の話。(小型)国語辞典は2千頁足らずに見出し語数7~8万(1語あたり0.02(…)頁)に対して、テキストは約3百頁に索引語数1千程(1語あたり0.3頁))
そのようにひとつの語に与えられるページ数が少ない・文字数が少ない中でその言葉の本質を現すために、国語辞典では、削ぎ落された表現がなされることになります。
このような量的な制約は負の要素のように思われますが、逆にそのような制約があるからこそ工夫が生まれる余地があります。
制約に対してそれを越えようという情熱があって、そこに工夫が生まれます。
そのような情熱によって、本来多義的な言葉から削ぎ落される意味があり、そのようにして言葉が研ぎ澄まされていくのではないでしょうか。
削ぎ落され・研ぎ澄まされたからこそ見えてくるその言葉の特徴・その言葉の本質が、国語辞典にはあるように思います。
今回の「スタッフ」でいうと次のような表現が、それぞれの国語辞典が取捨選択したなかで当該国語辞典が主張したかったスタッフという言葉の特徴ではないでしょうか。
「参謀的」「経営の中枢」「出演者以外=脇役・裏方」「製作・販売に直接携わらず」「間接部門」「助言・支援する機能」
–次回につづく–