【0148】なぜ読解する技法か  8 of 8

21-読解する技法77一般スキル, 97最終話, 99引用

–前回までのあらすじ–

佐藤優「読書の技法」に出会い、実は読解ができていないのではないか、読解ができていないということが、コミュニケーション上のつまずきの根源ではないか、と考えました。コミュニケーションは、“言語・文字その他視覚・聴覚に訴える身振り・表情・声などの手段によって行う。<松村明編『大辞林』>”ものであり、言語を介するコミュニケーションに必要な能力が「読むこと」「書くこと」「聞くこと」「話すこと」の4つ、改めて振返ってみると、「読む」に興味を持ったことがありませんでした。

すべての勉強の基礎になるのは読解力である。筆者が見るところ、日本語の読解が正確にできない、若手ビジネスパーソンが非常に多い。テキストから自分に都合のいい部分だけを拾う。あるいは理解できる部分と理解できない部分の仕分けをせずに、なんとなくわかったつもりになってしまう。こういう読み方をしていると、テキストを通じ、知識を身につけることができない。この問題を克服するためには、高校レベルの現代文を別の角度から勉強し直すことだ。具体的には、テキストの内在的論理をつかむ読み方を体得することである。この観点から、優れた大学受験参考書がある。出口汪『NEW出口現代文講義実況中継』(全3巻、語学春秋社)だ。

佐藤優 『読書の技法』p178 下線は(日野)による>

この引用に引いた2つめ・3つめの下線部分、“テキストから自分に都合のいい部分だけを拾う”“理解できる部分と理解できない部分の仕分けをせずに、なんとなくわかったつもりになってしまう”に思い当たるところがあります。

 

現代文に関する学習参考書を買い集め、研究してみたが、ほとんどの参考書はビジネスパーソンの仕事に直接役立つわけではなかった。しかし、出口汪『NEW出口現代文講義の実況中継』は別格だ。この参考書に真剣に取り組めば、仕事で使う文書の読解力が飛躍的に向上する

佐藤優 『読書の技法』p182>

佐藤優氏にこう言われると、取り組むしかありません。

 

【結】なぜ「読解する技法」なのか まとめ

さて、【0139】で新たなカテゴリー「読解する技法」を追加すると宣言しました。

次の【0140】の冒頭で、“この先しばらくは、この新カテゴリーである「読解する技法」について、記載していきます。そのなかで、なぜ「読解」なのか、なぜカテゴリー追加となるのか、も明らかになるはずです。“と書きました。

 

まずここまで「なぜ“読解する技法”なのか」ということで書いてきて、果たしてそのテーマである、

なぜ「読解」なのか、

なぜカテゴリー追加となるのか、

ということが明らかになったのでしょうか。振返ってみます。

 

【0140】から【0144】までは、導入部分でした。

ここでは、たくさんの本を持っているのだが、手放さなければならない状況になっている、ということを書いています。

  • なぜたくさんの本を持っているのか
  • たくさんってどのくらいなのか
  • なぜ手放さなければならないのか
  • 本を手放すために「読書術」に関する本を読むのはなぜか

ということを時系列に添って、長々と、書いてきました。

 

それぞれ、

  • 成毛眞『本は10冊同時に読め!』にある“もし庶民から脱したいなら、今までのような「みんなで同じでいい」という考えを捨てるべきだ。みんなが食べるものは食べず、みんなが読む本は読まない。それを徹底すればいい。(…)他人と差別化できるところは衣食住のみならず生活のあらゆる場面にあるが、中でももっとも生き方に差がつくのが読書の仕方である。読書の仕方を変えるだけで、高所得階級になれる可能性が出てくるのだ”という主張、これを受けて、当時置かれた状況から現実逃避もあって、多くの本を読むようになり、【0140】
  • 多くの本といっても、(約150冊*6本棚)+(約70冊*約10段ボール箱)=ざっくり1600冊。具体的に部屋の大きさで言うと3畳もあれば、机・イスも含めて不自由なく置いておけるくらいの量でしかありません。【0142】
  • とはいえ、盛りの子どもたちを抱えていると、増え続ける子どもたちの服、おもちゃ、本の置き場所の確保に切羽詰まるものがあり、たった3畳のスペースであっても貴重。そんななかで何の意思決定もなく残っている本があるのであれば、いくらかの本は手放そうか、という気持ちを初めて持ち、【0142】
  • 本を手放すということが現実味を帯びてくると、手放したあとに再び同じ内容の本を探しに書店に行くのは嫌です。そこで、手放すにしても少なくとも持っていた記録は残しておきたいと思いました。そこで、どんな本をどのようにして処分すればよいのかを知るために「読書術」に関する本を探し始めました【0143】

そして、「読書術」に関する本のコーナーにあった、佐藤優『読書の技法』に出会いました【0144】

この佐藤優『読書の技法』に出会ったという事実がこの導入部分におけるゴールです。

 

その導入部分を受けて、【0145】が、「なぜ“読解する技法”なのか」という今回のテーマの核心部分になります。

 

佐藤優『読書の技法』に引用されていた出口汪『NEW出口現代文講義の実況中継』にある

“現代文は数学とまったく一緒なんです。数学は論理を記号や数字を使って表すもの。それに対して、「論理」を日本語によって表したのが現代文の「評論」です。”

“文脈によって言葉を規定していけば、言葉は固定化されます。そうすると、言葉は揺れ動かず、数学の記号と同じになってくる。その結果、現代文は感覚の教科から論理の教科に早変わりするわけですから、数学と同じように明解に解けます。”

<いずれも 佐藤優 『読書の技法』p183-186>

 

この引用部分を読んで、「実は読解ができていないのではないか」という疑問と、「それ(読解ができていないということ)が、最近感じていたコミュニケーション上のつまずきの根源ではないか」という仮説を持つことになります。

 

最後に前回【0146】から今回【0147】の冒頭は、

“言語の学習には、「読む」「書く」「聞く」「話す」という四つの技能があると言われます。しかし、「読む」という技能は、他の三つの技能よりも軽んじられる傾向が<石黒圭 『「読む」技術』p13>”ある【0146】

ということと、

“すべての勉強の基礎になるのは読解力である。筆者が見るところ、日本語の読解が正確にできない、若手ビジネスパーソンが非常に多い<佐藤優 『読書の技法』p178>”ということ【0147】

の2点から、読解力を磨くことが比較優位につながることを確認しました。

 

このようなことを理由として、
新たなカテゴリーを追加するくらい腰を据えて、
この先しばらくは「読解する技法」ということをテーマにして考えていきます。

–いったん完–


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